トップページ
新着情報
歴史
お品書き
旬の逸品
なめろう教室
お問い合わせ
壁紙
歴史
吉一さん写真 初代 吉一さん

◇昭和20年 終戦とともに復員し、
銚子で漁船の船員となり、5年間漁師としての生活を送る。
(その頃に魚の見方を大いに習得)

◇昭和26年 東京の赤坂に寿司の修行に出る。
◇昭和29年 第五福竜丸の原爆マグロ事件があり、東京は究極の暇になり、千葉県の市原市に転出。寿司の修行を続ける。

◇昭和30年10月30日。
銚子に戻り現在地に鮨処勝の家を開店。開店当日は超大型台風の襲来で停電し、お札の透かしをろうそくの明かりで確認するという、思い出深い経験をする。

◇勝の家は当初から上等のネタを使った高級店を目指す。
しかしそれは地元の人々にはあまり理解されず、嘲り笑う人も少なくなかったと言う。しかし、初心を貫き通したことが文化人たちの心を引き付け、根強い人気を生むこととなった。

◇勝の家には数々の有名人が訪れている。 故・林武画伯もその一人で、いつも入り浸りでいたという。 その他にも俳優の故・勝新太郎さんや、市川団十郎さんもここ勝の家がお気に入りだそうだ。

吉一さんは、今では若い女性に「笑顔がかわいぃ」と人気者。

二代目 勝さん

昭和46年銀座にて寿司の修行を開始。
4年間の修行の後、地元銚子に戻り、勝の家の二代目としての経歴をスタート。

独特の話し口調と温和な性格から人気を博している。

柔道二段の有段者。
勝さん写真

メモ
銚子の和田町という場所・・・
ここにはたくさんのお寿司屋さんがひしめき合っています。
これには理由があって、その昔ここのすぐ近くに船溜り(プールのようになった船着場)があり、そこから上がった漁師さんたちが腹ごしらえにやってくる場所が和田町だったのです。
漁師さんたちは好んですしを食べたそうで、「魚獲りがお金を出してまで食べたいと思う魚料理」のすしは、もうすでに天下一品の資格があったのでしょう。
銚子の人は味にうるさい・・・
銚子は江戸の昔、東北から船で運ばれる米や産物の荷揚げ集積地でした。
海の船で運び込まれた物資は一旦陸揚げされ、川舟に載せかえられて利根川を江戸まで運ばれたそうです。
当時は海運が輸送の中心手段でしたので、銚子は栄え、今の千葉県の中では一番人口も多く、味を含む文化が発達したそうです。
そして、魚が獲れる海があって、醤油の生産地として名高い場所でありますので、ここに生きる人々の味に対する感覚はひときわ優れていたのでしょう。
こうした歴史のある銚子では「美味しいお店」しか残っていけない、食事を商売にするにはとても恐いところなのかもしれませんね。
勝の家店先写真
勝の家 (かつのや)
住所 銚子市和田町10-11
営業時間 11:30〜21:30
定休日 火曜日・第2水曜日
0479-22-0980
地図・・・
△ Top △